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大学院の友人


小説なり詩なり、そういう作家的な活動をしている友人と、僕は大学院に入ってはじめて出会った。


学部生のころは教育学部に在籍していたので、まわりにアート好きな友人などいなかったし、いわんや創作をや、という感じで、そういう趣味を分かちあうことの快楽を知らずにここまで来てしまった。僕は少数派で、ひとりぼっちでちまちまとやっていた。それでもあまりさみしさなどがなかったのは、そもそも僕がいままで自分を異端とする環境におおく在籍してきていたからかもしれない。


それが、この大学に去年入学して以来、いつの間にか作家的な欲望を抱いている同期におおく囲まれるようになった。うれしいかぎりである。彼らは各々に個性的で、それでいてなんだか根本的に話があう(そのような状況にいるなんて僕にとっては稀有すぎる。教育学部なんて最悪だったなといまでは思う)。


僕はとくにある青年のことがお気に入りで、彼をよくご飯(学食だけど)に誘ってみたりする。彼は小説と詩を書く。書いたもののいくつかは名のある文芸誌にも掲載されているらしい。黒ぶちの眼鏡をかけていて、だいたい無精ひげを生やしている。声のトーンは高めで、いつもていねいに言葉を選んでつかう。ていねいに言葉をつかう人が僕は大好きだ。


今日は彼に小説と詩を書くときの意識の差について話してもらった。いわく、小説はどちらかというと建築的な営みであるが、詩はむしろ破壊的な営みであるという。彼は現在もっぱら詩作に打ちこんでいるらしく、そのモードに支配されているとのことで、そのためいま仮に小説を書こうという気になったとしても、登場人物のコントロールがきかなくなり、すぐに手をつけられなくなってしまうにちがいないのだそうだ。


大学の食堂に並べられたがたがたと不安定で地味な椅子のひとつに腰かけ、あたたか〜い缶コーヒーと菓子パンを頬張りながら彼の話を聞いていると、僕が目下ちょこちょこ取りくんでいるあれこれへの意欲がふたたびわいてきて(正直なところ枯れかけていた)、負けちゃいらんねえな、と意気込んだ。


食堂から大学図書館までの道すがらさんざん寒々しい風を身体に受けたにもかかわらず、僕の心がじんわりとあたたかだったのは、院の友人との久しぶりの会話でふつふつとなにかがたぎっていたからかもしれない。

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