水道


水道が止まった。


昨日の晩お風呂に入ろうと思って蛇口をひねったらお湯がでなくて、あれおかしいなとなり、でも水はでる、ということはお湯が止められたのだと思った。おそらく今朝家をでるときにシャワーを浴びたままお湯をだしっぱなしにして放置していたせいだろう(身に覚えはないけど)。携帯でしらべたらお湯ってどうやら1時間くらいずっと使い続けてたら安全装置がはたらいて止まるらしく、それでたぶんなんかそういうことになったにちがいない。ガスの会社に電話しなきゃいけないんだけど夜だしいま誰ともしゃべりたくない気分だしでなんとなく躊躇い、うーん、じゃあまあどうせなら冷水で身体を洗うというひもじさを楽しんでみるのもいいのかもしれないという挑戦的な気持ちになった。昔からそうだが僕はこういうとき極度のめんどうくさがりと謎めいたタフさを発揮する。


いくら春めいてきたとはいえ、夜中に水シャワーはやばい。全身に浴びてたら身体がぶるぶる震えてきて、指先とかもう動かないし足のうらもしびれはじめてしまう。髪の毛を洗うために顔に冷水をぶっかけたときなんて思わず「ひょええ〜」と間抜けな声をだすくらいの衝撃をうけ、こりゃまいった、このシャワーから飛びでているこの水はもはや兵器だ、ウェポンだ、とわけのわからない考えが頭をよぎる始末だった。


そんなこんなでお風呂からでて(この一連の行為が「お風呂」と呼べるならの話だが)、タオルに包まり、着替えてからウイスキーをひとあおりしたのちに床についた。ぼんやりと小学生のころ経験した毎年6月ごろのプール授業を思いだして、あの冷たさ、あの絶望感、懐かしくなり、三角座りで体温を保とうとするあのころの我々の健気な試行錯誤を愛おしく感じた。


それで本日の朝、目が覚め、またあの冷水ウェポンをシャワーとして浴びようと覚悟をきめながら浴室にむかうと、なんと一滴も水がでない。ためしにお湯の蛇口もひねったがむろんそれも無理。つまりどうやら我が302号室においてはガスの死によりお湯がでなくなったのではなく、そもそも根本として水道が断たれていたらしい。料金はクレジットカードで払っているはずだし、なんだこれは、なんだこの不憫さは、不思議なこともあるもんである、と全裸でソファーに腰掛けて憤った。管理人さんとか水道局とかに連絡すべきなのはわかってるけどそれも億劫なので、とりあえず服を着たのち、いろいろ携帯でしらべてあらゆる可能性を洗いだした結果、今日は外出をやめ、1日ミネラルウォーターで生活することを決定した。


ところで「水がでない」というのは概念としてなんとなくインパクトがつよい。人間にはどうあれ流水が、よどんだ水ではなく流れている水が必要なわけで、だからこの部屋から流れる水が一時的にであれ失われたことは(大げさ)、生活的にももちろんだけどむしろそれより人間的にすごく正しくないことだと思う。とか言いながら僕は文字盤をたんたんタップしている。これはかなり人間的に間違っているふるまいであるにちがいない。いまから電話する。

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夢日記


2016.3.23
ビニール袋に顔をかぶせて持ち手部分をきつく縛る。中くらいのビニール袋。そこから浮き出る口のかたち。わあわあいう声がくぐもって震える。なかなかうまく殺せない。焦り。じゅわじゅわ湧き上がった。


2016.3.28
夜中、友達と3人、
歩く、
僕にとっては毎日の帰宅路、
でもすこしでも脇にそれれば知らない路。

友達ふたりは悪ふざけ。
ひとりが僕の肩を掴んで無理やり知らない路へ、
ぐるぐるぐるぐる回りながら入っていく。
僕はやだという、やだ、やだ、やだ。
ほんとにまっくら。

回転。

そのときに腰に違和感、ざっというノイズ、
腰をひったくられた感じ。

起きた。


2016.4.1
20人ほどの高級官吏を見つけた。えらい人たち、だって選挙権があるのは彼らくらいなのだ。彼らは公園で朝日を待っていた。僕はちょっとおもしろくて、だから彼らの輪に混じってみようと思った。ひとりの新卒の官吏が僕に話しかけてくる。「試験いかがでした?」試験、そうだ、かなり高度な試験を受けなければ官吏にはなれないのだった。でももちろん僕はそんなの受けてないし、内容もなにも知らない。「そちらこそいかがでした?」と苦笑いで応えるしかなかった。ばれるな、これは。でもそしたら官吏は彼自身の経験をしゃべりはじめる、大丈夫、ばれていない、僕はその話を突破口にして、ひょうひょうと、眠いだの、何徹したんだろうこれでだの、肩が痛いだのとのたまう。新卒官吏は満足げ。僕たちみんなで朝を待っている。ざわざわと木が揺れる、光の気配がする、なんだか妙な感じだ、宗教的な瞬間だ。公園。おそらくジャングルジム。

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目玉焼きとたまごの殻


目玉焼きをつくった。けっこう上手にできたぜーと思ってしばらくうれしかったんだけど、いやまあけっこう上手にとはいってもぜんぜん焦げちゃったり黄身まで白くなっちゃったりかたちも崩れたりで微妙なんだけど、とにかくとりあえず満足のいくレベルのそれをつくって食べてお皿を洗うときに、流しの三角コーナーにべしゃっと捨てられたたまごの殻をみて、みて、みていると、なんか急激に切ないようなさみしいような気持ちになってきて、まったくなんだよこれは、我ながら安っぽい感傷だなってなって、安っぽい感傷、じっとしてたらさらに落ち込んでしまって、だからいまこれを書いている。


熱されたプライパンのうえで殻を割ると、とろりとした白身がじゅわっと広がって、すぐに白くかたまるじゃんか? 水をいれて、するとじゃっという音がでるから、あわててふたをして、湯気がはねかえるのを眺めるよね。そろそろ黄身が半熟だよな、と思って、そしたらふたをはずして、水分とばして、いえーい、できあがり。


それに僕は塩コショウをふって、炒めたベーコンと、バターを塗ったトーストと一緒にむぐむぐ食べたのです。食べながらやはりこういうのがいちばんうまいのだなあとかなんとか思った。


(さっきまで騎士のようにたまごを保護していたあの白い殻は、このときもう役目をおえて、三角コーナーのごちゃごちゃにまぎれた生ゴミになってしまっている)

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雨で散った桜について


今日は全国的に雨だったそうで、だから東京ももちろん雨ふりの1日で、大学通りのさむくて濡れた歩道のうえには散った桜の大量の花びらがびしょびしょと汚れて半透明になったりしながらこびりついており、踏まれてどろどろのそれらは僕が電車をおりるときに想像していたものよりぜんぜんきれいじゃなくてなんかちょっと興奮した。ところでこの子たちはこれからどこに消えていくんですか。だれかしってますか。

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若い男たち


およそ僕のような若い男たちはみんな同じようにくだらない。優しさはけっきょく薄っぺらで、嘘ばかりついて、へらへらへらへら、どうせすぐ逃げ出すくせに、体裁だけは整えてて、見栄っぱりなところが透けてみえるのが大嫌い。だいたい僕たちには誠実さがない。誠実さがないということは男らしくないということで、だから僕たちはみんな同じようにくだらない。逃げるな。ちゃんと向き合え。死ね。


湖のほとりでは時間がゆるやかに流れていく。


僕は僕みたいなしょうもない男たちが女の子にべたべたしゃべっているのをみると殺してやりたくなる。彼女は「返事して」と言い、若い男は「ごめん、忙しくてさ」とこたえる。そのとき彼の頭によぎるのはかすかな後ろめたさと、めんどくせえを覆い隠したい衝動。僕は自分がほんとうは薄っぺらな俗物にすぎないなんてことをできれば意識していたくないという防衛本能に身を任せるのに忙しくて、君なんかには構ってられないんだよねえ。だって飽きたら終わりだよそんなのぜんぶ。そして僕たちはみんな同じように飽き性なのだ。


嘘つき。


「お前さあ、毎回毎回、おんなじことの繰りかえしじゃねえか」と友達は言う。


芦ノ湖を船で渡った。まわりを歩いているぶんにはぽかぽかとあたたかかったのだが、湖上を吹きぬける風は、たっぷりとした水のせいだろうか、氷のようにひんやりと冷たい。このままだと凍えて風邪をひきかねないな、と思って、船内にもどると、人びとがガラス越しに休日の景色を楽しんでいて、僕はついビールがのみたくなってしまった。

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街の灯


もうずいぶん前のことのように思えてしまうけれど、そしてじっさいもうずいぶん前のことで、だからけっこう今さらなんだけど、今月の2日に恵比寿でALのライブを観たので、その話をしてみる。


AL(「アル」って読むらしい)というのは、元andymoriのメンバー3人(小山田壮平、藤原寛、後藤大樹)にシンガーソングライターの長澤知之が加わったバンドのこと。これまでずっと壮平と知之はふたりでそれとして活動してきていたらしい。なので、今回はALがバンド体制になってはじめてのライブ、というわけです。


andymoriは、もう解散しちゃったんだけど、僕のいちばん好きなバンドのひとつだ。彼らのつくる音楽はほんとうに素晴らしかった。繊細で、でも同時に荒っぽさもあって、どこまでも自由にのびやかなかんじ。聴いてるといつも感情がどおーっと流れ出すような、なんともいえない開かれた気持ちになる。酔っぱらったときに大声で歌いたくなるような抑揚のあるメロディー。それにもちろん歌詞も……と、まあ、うん、うまく言えないけど、とにかく僕の「肌にあった」感じがした。あのときのライブたちもまじで最高だった。たましいに染みこむような音楽だった。


解散してから当然ずっと演奏みてないわけで、だから僕はこの日がくるのをわくわくどきどきしながら待っていた。じっさいライブ前はめちゃくちゃ緊張した。心臓がドラムをばしばし叩いてるんじゃねえのかなあと思ったほどだった。なんで客が緊張してるんだよってかんじだけれど、ほんとにやばかったのだ。


ツーマンだったから、さいしょはPolaris(つづりあってるかな)のライブだった。Polarisよかった。フィッシュマンズキリンジの歌に似たものを感じたな。世代的にたぶんそこらへんのバンドなのかもしれない。


Polarisがおわって、しばらくセッティングの時間があって、ALがはいってきた。1時間くらいのみじかいライブ。メンバーはしっかりと、味わうように演奏していた。僕はたまに天井をあおぎながらしみじみ聴いた。お客さんたちはみんなALのことが好きみたいで、ホーム感というのだろうか、なごやかな雰囲気があった。


ALの曲は壮平と知之がそれぞれ共同でつくっているらしい。


えーと、正直に言ってしまおう。僕は壮平の書くメロディーに心身ともに親しんでいるから、どうしても歌のなかに彼の要素を探そうとしてしまったし、壮平らしいメロディーラインが来ると感情が「ざざーん」と波立った。しかし逆にこれは彼のものじゃないなというのが来るとああこれは彼のものじゃないんだろうなという気になってしまって(伝われ)、なんだろうこの、一抹のさみしさは、という瞬間もたしかにあった。2人でハーモニーを奏でるみたいなかんじだから壮平だけで好き勝手にぶっ飛べないのだろうというのも感じた。「うむ、超いいなあ、でも、そうだよね、もうandymoriじゃないんだもんね」、みたいなのは、ちょっとしこりとして残ってしまった。


とはいえ、そういうのは、あるいは、たんなる「慣れ」の問題なのかもしれない。ALはまっすぐなバンドで、みんな楽しそうで、聴こえてきたのはまちがいなくいい曲ばかりだった。僕はとくに「ワレモノ」という歌を気に入った。いちどしか聴いていないからあれだけど、「出てこいよ、出てこい。その殻を破って。ただ、ありのままを愛したいんだから」みたいな歌詞が好きだった。こんど出るアルバムには収録されてないみたいなんだけれど。あと「メアリージェーン」もよかったな。これはインドを舞台にした曲だったという記憶がある。"Everything's gonna be alright."(「ぜんぶうまくいくさ」)というリフレインが印象的だった。


会場になった恵比寿LIQUIDROOMは、天井からたくさんの電球が吊りさげられているライブハウスで、曲中ステージが暗くなるとその電球たちがきらきら輝いてうつくしく、まるで無数のちいさな街の灯(citylights)が僕たちを照らしてくれているみたいだった。andymori時代につくったあの曲を彼らがやることはもうないのかもしれないけれど、いずれにせよ、いまのあのひとたちがALとしてのびやかに自由に音楽をやっているならば、それでもうじゅうぶん素晴らしいことのかもしれない、と思う。


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(創作)労働


「ぶつぶつうるさい、黙って働け、金をかせげ」と僕のなかの監視がわめきたてる。あまりにもそれが毎秒毎秒続くため、しだいに僕は僕が言葉を発しようとするたびにひとさじの恐怖を感じようになってしまった。無意味さや無力さのねばつきを感じるようになってしまった。

そしていま僕は完全な沈黙に落ち込んだ。頭のなかの言葉たちはついにみずからを生成するのをやめた。思考になるはずだった閃光は思考として形作られる前に融解して暗い海になった。僕は世界を見ている。しかし世界は世界として存在するのをすでにやめてしまっている。僕には感情がない。はじけるような笑いと底なしの憂鬱を隔てていた境界はすでに消えてしまっている。いまの僕はただ手のひらに感じる刺激にしたがって命令どおり両手両足を動かすだけの機械に成り果てていた。そしてそれが「黙って働き、金をかせぐ」ことなのだと監視はかつて語っていた。労働。もはや僕には労働の感覚しか残されていなかった。ひとさじの恐怖はとうとう僕を人間ではなくしていた。

かつて言葉があったころ、僕は僕が奴隷的な人間であることに絶望していた。意味と力への隷属的状態にあることを嘆いていた。自分の悲しみを悲しむこと、その果てしなさに疲れていた。生活のわずらわしさに怒りを覚えていた。やるせなかった。やめたかった。

しかし、かつて言葉があったころ、僕は奴隷であっても人間であった。僕は金木犀の花の香りをかぐことができた。太陽に目を焼かれて泣くことができた。街の孤独な風に凍えることができた。酒の味に舌を痺れさすことができた。その気になれば思う存分悲哀に沈むことができた。そして、僕はそれらについて書くことができた。それらについて書いて、それからそれらを記憶の金庫に保管して好きなときに眺めることができたのだった。

僕は僕ではなくなったこの肉体を見た。僕であったはずの魂を見た。そして叫んだ。

我々はまだ叫ぶことができることを知った。たとえ言葉を失ったとしても、我々には叫びが残されていたのである。

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冬の空気、あるいは『すべて真夜中の恋人たち』について

とうとう2月になってしまった。いちばん寒い時期だ。

 

せっかくだから腹式呼吸を身につけたいなあとか思っている。陽のあたる時間がみじかいせいで冷たくなってしまった冬の空気を、肺のうえのほうだけをつかって浅く吸ってしまうのではなく、おなかが膨らむくらいに深くたっぷりと吸い込んで、きちんとそのすべてを身体じゅうにめぐらせたいから。

 

川上未映子の『すべて真夜中の恋人たち』は、まるで冬の空気みたいな小説だった。川上さんの小説を読むのは僕これがはじめてで、この人はずいぶんと読みやすい文章を書くのだなあとびっくりしたのだけれど、それでもふだんよりゆっくり時間をかけて読書したのは、深呼吸をするようにこれを読みたかったからなのかなあと、そんなことをぼんやりと考えている。

 

 わたしは冬の真夜中の、誕生日のあの散歩のことを思いだした。

 耳をすませばきこえるくらいの冷たさのなかで、乾いているけれどしかしとくべつなものだけでどこまでも潤んでいる空気のなかで、光を数えて歩くあの真夜中のことを思いだしていた。もうすこし時間がたてば夏のいちばん熱いところがきて、終わって、秋がやってきて、それが去ってしまうと、冬になる。そうしたらまた、あの真夜中がやってくるのだ。

 

こんなふうに、『すべて真夜中の恋人たち』は「わたし」、入江冬子による一人称語りで進んでいく。冬子は34歳(くらいだったと思う)の女性で、一人暮らしの部屋にとじこもりながらコトコトと校正の仕事をして暮らしている。上に引用したのはこの小説のいちばん素晴らしい部分で、僕はとくに冬の冷たさを「耳をすませばきこえるくらい」って言ってるのが最高だと思う。誕生日の空気にはきっと、その日にだけ聞こえる大切なメッセージ、それはたぶん啓示のようなもの、が隠されているのだろう。12月の夜のなかで、冬子はその啓示を聞きのがさないように耳をすませながら、ひとりで、しずかに、楽しげに歩くのだ。

 

入江冬子を描写する作者の視線にはやわらかい愛情がたっぷりと含まれている。それはたとえば彼女のつかうやさしい表現なんかにも表れているだろう。

 

これだけの数の知識というのか文化というのか教養というのか、なんといえばいいのかわからないけれど、そういったものをきちんと教えられる人がこれだけ存在していて、またそれを求める人がその何十倍も存在しているということにわたしはなんだか圧倒されて、しばらく床に寝そべったまま動けなかった。そしてそれが新宿の一角のある建物のなかで日々営まれていることを想像してみると、どこかしらがはるかな気持ちになってしまって、ため息がでるのだった。

 

個人的にここすげえ好きなんだ。カルチャーセンターの総合案内誌を読んでいる場面なんだけど、ううむ、冬子はすてきな人だなあって思う。彼女はあの冊子を読んで「知識というのか文化というのか教養というのか、なんといえばいいのかわからないけれど、そういったもの」に「なんだか圧倒されて」、「どこかしらがはるかな気持ち」になるんだよなあ。いいなあ。

 

以上ふたつの引用文からわかる文体上の特徴としては、口語っぽい語り方のなかに詩的な比喩を入れてきたりするところだったり、「ひらがな」と「機能語(というのでしょうか?)」を多用してたりするところだったり、を挙げることができるだろうか。こういう書き方が、作者が一貫して好んでいるスタイルなのか、あるいはこの小説だからこそ採用されたものなのか、僕はこれしか読んでないからわからないけれど(他のたとえば『あこがれ』とかではどうなってるんだろう?)、とにかくそれらは冬子の人格と切り離しがたく結びついている気がする。この文体は、この語り手の、親しみやすいのだけれど同時にするどい感性というか、そういうものを描くにはぴったりであるように思う。

 

ところで、さいしょに引用した、印象的な、散歩を想起するあの場面のあとは、このように続く。

 

そんなことを夜道をゆく胸のなかに巡らせながら隣をふとみると、三束さんの白いポロシャツの肩から背中にかけて、うっすらと白く発光しているようにみえた。

 それはまるで冬の匂いのような光りかただった。

 

 ここまで読むと、やはり『すべて真夜中の恋人たち』は恋愛小説なのだなあということがわかるだろう。この「うっすらと白く発光している」三束さん、僕からしてみれば、信用ならない「やさしい」男の典型なんだけれど、そのことについてはあんまりふかく言及しない……


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寂しさとエッセイ本について

寂しさが心のなかで膨れ上がると、それ以外のいろんな感情たちがぜんぶ窒息して死んでしまうような気がする。

みんなそういうときどうするんだろう、って思った。

そういうとき(というか今朝だったんだけど)、僕はほんとうに息ができないように感じるので、たまらず自分じゃない誰かに救いを求めようとしてしまう。友達に連絡したり、Twitterに投稿したり。でも、他人はむろん当たり前のように他人なわけで、誰も僕のことなんて助けてはくれない。まあ、それはそれで仕方のないことだと思う。みんなどうすればいいのかわからないよね、そりゃあ。

だから、自分でなんとか死んだ感情たちを生き返らせるほかないのだが、はてはてどうしたらいいのか、この肥大化した寂しさはどっしりと重く沈み込むように居座る傾向があるので、いままでどうも対処に困っていた。

でも、最近になってようやく対処法が確立した感じがするので、それをご紹介したい。なにかというと、いやべつに単純なんだけど、好きな女性作家のエッセイ本を読むことである。

僕だけがそうなのか、あるいは僕みたいな人ならみんなそうなるのかわからないんだけど、彼女たちの言葉を読むと、なんというか、こう、人生が取り戻されるように思えるんですよねえ。

女性作家のエッセイ本は、日常的なあれこれについての直接的で感覚的な描写のなかに、ときどきはっとするような観念が入り込んでいるのが素晴らしい。たとえば、化粧ポーチについて、その色とかにおいとかなかに入っている細々した化粧品とかについてはじけるような文体で説明したあとに、ふと線を引きたくなるような核心的な一文を書いたりさ。

読みながら、わあきれいな色だなあ、とか、それはいいにおいだろうなあ、とか、ポップで素敵みたいだなあ、とか、いろいろ想像する。そうしてるとしだいに寂しさが溶けていくのを感じる。

彼女たちの書く、平凡で切ない幸福な日常は、寂しさに効くのだ。

ああ、それと。あと、僕がそれを好きなもうひとつの理由には、僕の「こそこそ声フェティシズム」もあるのかもしれないなあ。こそこそ声っぽいでしょ、なんか。

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ケアンズ、オーストラリア

 

9月の半ばから終わりにかけてオーストラリアのケアンズへ旅行していた。

 
ケアンズは太陽の光が強い。日本の3倍くらいの紫外線量だそうだ。たしかに、それはほんとうに刺激的で、肌の上から違いを感じとることができるくらい強烈で、サングラスをかけていても網膜が焼かれていくのがわかった。
 
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4日目に、フランクランド島という、グレートバリアリーフのなかの小さな無人島に船で向かった。僕たちはそこでスノーケリングとダイビングをする予定だったのだ。すべての手はずは日本人向け旅行会社の現地支店で整えた。はじめての体験ダイビング、必要なものは前日までにすべて用意しておいて、不安な要素がないようにしなくてはならない。「ガイダンスをうけて、潜るだけ。なんて楽ちん!」、みたいな気持ちになれるよう入念に準備した。まあ、けっきょくずっと不安だったんだけれど。
 
その島まで僕たちを乗せていってくれる船は、ベース部分が分厚いガラス張りになっている不思議な船(現地ガイドは「半潜水艦」と言っていた)だった。そのため僕たちを含めた観光客軍団はガラスの向こうに夢中になって、みんな到着する前からわくわくしていた。(ねえねえ、我々はいまから無人島に向かうのだ。ほら、ガラス越しに魚が泳いでいるのが見えるだろう?)
 
上陸した僕たちはみんなため息をついた。なんていいところなんだろうここは。それはそれはとてもきれいな無人島だった。
 
フランクランド島の浜辺はグリーン島のそれと違ってクリームがかった白色のサンゴの死骸に覆われていて、踏むとカラカラと乾いた音をたてるのが特徴である。まわりにある朽ちた木も、貝殻も、すべて白だ。
 
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きれいな海水は沖のサンゴを深い緑色に透かせてみせる。
 
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ウェットスーツを着込んでスノーケリングセットを身につけ、まずはスノーケリングをやってみる。日差しは刺すように強いのに水温はそれほど高くないのか、全身が水に浸かると思ったよりも寒かった。すこしずつ沖に進みながら身体を馴らす。ほかの観光客たちも「冷たい」と言っている。顔をつけて泳ぐには最初ちょっと勇気が要った。
 
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沖に進むにつれ、海の底が深くなっていく。サンゴ礁のうえには大きい小さい色とりどりの魚たちがうようよしていた。
 
f:id:c_kugenuma:20151003032200j:imageなかなか上手に魚の写真が撮れなくて不甲斐ない。
 
スノーケリングだけでじゅうぶん楽しかったのだけれど、あれはあれで、あんがい体力を消耗することがわかった。ペットボトルに入ったミネラルウォーターを飲みながら身体を日光にあてて乾かす。だいぶあったまったなあと思って、ふと連れのほうを見ると、全身がぶるぶると震えている。たぶん濡れたウェットスーツが体温を奪っていたのだろう。ウェットスーツを脱ぎなよと言ったんだけれど、強情な連れはぜんぜん脱ごうとしない。だから寒いんだよ、もう、ってなんどか説明して、でもだめで、けっきょく説得するのを諦めた。タオルでくるんでこすってあげるとすこし楽になったらしかった。
 
 
とはいえ、フランクランド島のメインはスノーケリングではなくダイビングなのです。僕たちはスノーケリングセットをもってふたたび浜辺に向かう。インストラクターからずんっと重たいボンベを背負わされて、水のなかで軽くシュミレーションをする。5分くらい色んな作業の練習をして、いざ潜る。
 
連れは耳抜きが出来なくて脱落。
 
だから僕はひとりインストラクターに連れられて30分くらいあちこちを泳いでまわった。
 
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僕たちはぶくぶく泳ぐ。ダースベイダーみたいな呼吸音をたてながら。
 
でね、でね、すごいのだ。途中、15分ほど泳いだ先のサンゴのうえに、なんと、アカウミガメがいたのである。ウミガメ好きな僕はまさかの邂逅に心底感動してしまって、むしろなかば動揺したくらいだった。
 
f:id:c_kugenuma:20151003034036j:imageなんかじっとしてた。
 
水中カメラを携えた僕なんかがぐいぐい近づいてもぜんぜん動じる様子を見せないのがウミガメらしい。
 
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この写真が自分のフォトライブラリに残っているだけで、もう、いい。感無量だ。オーストラリアに行った甲斐があったというものである。最高だ。ほんとに。もう。
 
しかも、そのあとインストラクターに水中カメラを預かってもらって、僕は彼?彼女?と見事なツーショットをおさめることになる。
 
でもねえ、そのツーショット写真は公開しないようにします。なんとなく。
 
 
というわけでフランクランド島はおわり。なんだかはじめてこんなブログらしいことを書くことができた気がするなあ。読んでくださってありがとう。
 
それでは。